【映画レビュー】『ノーバディーズ・ヒーロー』アラン・ギロディ監督特集

映画『ノーバディーズ・ヒーロー』の概要

原題:『Nobody’s Hero』 製作年:2022 国:フランス 上映:100分 日本語字幕:本多 茜 配給:サニーフィルム

2022年ベルリン国際映画祭パノラマ部門 オープニング作品

映画『ノーバディーズ・ヒーロー』のあらすじ

冬、クリスマス、師走の街。独身男性のメデリックは、ランニング中に見ず知らずの売春婦イザドラに一目惚れし口説くが、嫉妬深い夫の乱入で邪魔をされる。同時に市街では大規模なテロが発生―突然メデリックのアパートに現れたアラブ系の青年セリム、仕事とプライベートの区別がないフロランス、混乱する近隣住人たちとホテルフロントの老人と少女。愛に突き進むメデリックの周りで発生する予期せぬトラブルが周辺を巻き込んでゆく。

劇場用公式プログラム『Alain Guiraudie』より

映画『ノーバディーズ・ヒーロー』のキャスト

メデリック … ジャン=シャルル・クリシェ 『恋するアナイス』

イザドラ … ノエミ・ルボフスキー 『マリー・アントワネットに別れをつげて』

セリム … リエス・カドリ

コック … ミシェル・マゼロ

フロランス … ドリア・ティリエ

ジェラール … ルノー・ルッタン

映画『ノーバディーズ・ヒーロー』の上映館・配信情報

『ノーバディーズ・ヒーロー』は“アラン・ギロディ監督特集”として、『ミゼリコルディア』『湖の見知らぬ男』とともに、今年3月22日より渋谷シアター・イメージフォーラムにて日本初公開されました。そのほかの劇場公開予定については、オフィシャルサイトをご確認ください。

サブスクリプションによる配信予定は、4月13日時点で発表されていません。

映画『ノーバディーズ・ヒーロー』の感想(ネタバレあり)

『ミゼリコルディア』に続いて鑑賞した“アラン・ギロディ監督特集”の一作品。

今回公開された三作品のなかで、もっともコメディ色の強い映画でした。

要所要所でクスッと笑えるところが多く、それでいてフランスの社会情勢などテーマ性を盛り込みながら、しっかりと手堅くエンタメに昇華しているのが魅力です。

キャラクターについて

『ノーバディーズ・ヒーロー』もまた、登場するキャラクターが一癖も二癖もある人物ばかり。

売春に反対しながら娼婦に執着し、好意を寄せてくる相手には素っ気ないメデリック。セックスワーカーとして誇りを持ち欲望のままに誰とでも寝るが、束縛の激しい夫から離れられないイザドラ。妻の売春を許しながら、嫉妬から束縛と暴力におよぶ夫ジェラール。

ほかにも、謎めいたアラブ系の青年セリムや、マンションの頑固な住人など、よくこれだけ複雑なキャラクターたちを動かし、流れるようにストーリーを展開させていくものだと感心しました。

舞台設定について

今作は、同監督の『ミゼリコルディア』や『湖の見知らぬ男』とは違い、フランスの都会が舞台になっています。上記二作品で特徴的だった自然描写はあまり見られません。

しかし、街を舞台にしたことで、娼婦との出会いによる導入が自然なのはもちろん、突然テロが発生し日常と隣り合わせになる非条理感の演出や、人種差別問題といったテーマをストーリーに絡めることに成功しています。

なによりの利点は、主人公メデリックが暮らすアパートを舞台にできたこと。彼を中心としたキャラクターが抱える個人的問題と、社会問題が一緒くたになり、混沌化していくドタバタ劇に説得力が生まれました。

世界の大きな論争やホットな社会問題を、誰かのアパートのような、よりささやかな日常生活レベルに縮小してみたら面白いのではないかと思ったのです。

アパートは、住人であるとないとにかかわらず、自然と内部の人間たちを共同体として結びつけます。初めは警戒対象であったセリムや、イザドラを受け入れ、彼らを追い回す聖戦士やジェラールといった外敵を前に、連帯感が生まれていきます。住人たちの偏見がほどけていき、観客も気づかないうちに共同体の一員として彼らを受け入れているのです。

その中心に、流されてセリムを受け入れ、イザドラに惚れこんだ、冴えないメデリックがいるといった構図です。この筋書きのまとまり感に、アパートという舞台装置が大きく貢献していると感じました。

最後の最後に、カメラに向かって走ってくるシャルレーヌに、私たちは新たな波乱もしくは可能性を見出すのです。

テーマについて

『ノーバディーズ・ヒーロー』では、作中でテロが発生し、静かな混乱のなかでイスラム系人種に向けられる蔑視について描いています。ギロディ監督はフランスで実際に起こったテロ事件を元に、人種差別問題を映画内に取り入れたようです。

2015年のパリ同時多発テロ以降、人々はイスラム教は本質的に暴力的なのだと言いました。西洋社会全般で、イスラム教は今や潜在的な危険とみなされ、イスラム教徒は究極の他者となったのです。最近では「文明の衝突」だという意見も耳にします。私はこの考え方は非常に有害で危険であると考えています。階級闘争が再び美化され、私たちの違いが利用され、私たちを同一化し、異なるものを既存の秩序に脅威をもたらす危険物として消し去ろうとするのです。

ギロディ監督は話題性重視でこのテーマを映画に取り入れたわけではないので、自身の伝えたいメッセージを持ちつつ、エンタメとして違和感なく進行できるよう、設定から脚本を練りこんでいます。なので、その点については安心して鑑賞できるでしょう。

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